ポーロ生活

初めて出会った犬種ヨーキーに魅せられて18年。初代ヨーキーのポーロ(♂)を回想しながら、今は妹犬ピリカとの生活を記録を兼ねて綴っていきたいと思います!

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父と私

 近くに住んでいたのに、 1~2か月に1度くらいしか顔を見せない私を、いつも気にかけてくれていた優しい父が

  9月5日早朝2時45分に亡くなりました・・・。
 
  病院から連絡を受けて、駆け付けた時には、10分遅れで到着し、臨終には間に合いませんでした・・。

 親不孝な娘です・・。

 いつも万歩計を付けて、自分で決めていた1日の歩数をノルマにして歩いていた父・・。

 ポーちゃんやペチちゃんと一緒に歩いたこともたくさんありました・・。
 ピリちゃんのこともとっても可愛がってくれていました・・。

 
 いつも元気で車で買い物に行ったり、タイヤ交換の時期になると、実家に置いてもらっていた私の重たいタイヤも
庭に出してくれてたり、何でも器用に廃材で色んな物を作ってくれました・・。
ポーちゃんやペチちゃんのお食事台や水飲み台など・・・。私のリクエストに応じていっぱい作ってくれました・・。

 

   8月25日(木) パッコちゃんの乳歯遺残の日帰りオペを待つ間、友人とワンコ達とドッグランに居ました・・。

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携帯電話の使い方を知らない母が、何度も固定電話で父が倒れたことを留守番電話に入れていたそうです・・。

従姉からドッグランに電話がきて今、救急隊が来て、蘇生してるって言われたけど、
それでも何のことだか、全くピンとこなくて、
「早く帰って来い!」と言われ「友達を家に送っていかなきゃ・・・」「パッコちゃんのオペがまだ終わってないし・・・」
なんて言ってました・・・。

ピリカとプロムをマンションに置いて、父が搬送された病院に行きました・・・。

母と二人、待合室でかなりの時間待っていました・・。 

救急搬送された患者の家族って、今何をしているのかも伝えられず、
ただこんなに待たされるものなんだろうか・・。

母を一人病院に残してパッコちゃんのお迎えは行けないし、動物病院に事情を話し
一泊預かってもらいました・・・。

もの凄い黄疸で意識不明の重体の父がストレッチャーに横たわっていました・・・。
声をかけても全く反応なし・・。荒い呼吸で寝てるだけ・・・。
この人は父じゃない・・・。別の誰かなんじゃないか・・って思いました・・・。

そういえば、7月初めに父から電話があり、「今日、床屋さんに行ったら黄疸が凄いから病院に行ったほうがいいって
言われたんだ。○○、いい病院があったら探しておいてくれ・・。」

その時に、父の様子をどうしてすぐに見に行かなかったんだろう・・・。

私 「かかりつけの内科の先生には言ったの?」
父 「1か月後の採血で肝臓のほうを調べてみようだとさ・・」
私 「いつも診てくれてる先生が1か月後でいいって言ってるんだから大丈夫なんじゃない?
    床屋さんは所詮、素人だしオーバーに言ってるんじゃないの? まぁ消化器病院を探しておくね・・。」
まともに父と会話したのはこの時が最後だったように思います・・。

HCUから個室の病室に移された父に会いに仕事帰りに毎日行きました・・。
主治医からは面会時間以外でもいつ来てもいいと言われていたので、遅くなっても会いに行きました・・。

こんなことになってから毎日行ったって・・・遅いよね・・。
父はどう思っていただろう・・。

棺の中の父は眠っているようでした・・・。

火葬場で骨になった父を見て涙が止まりませんでした・・・。


可愛がっていたポーロとペチカに逢えたかな・・・。 
    ポーちゃん、ペチちゃん、パパのこと頼むよ・・・。

役所の手続きとか、法要の段取りとか、いっぱいあって泣いてる余裕がないけど、
最期だけは娘として精一杯頑張るよ・・・。

ワンコ達が、傍に居てくれるだけで頑張れます・・・。

 


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  1. 2016/09/08(木) 06:50:06|
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